GFSC青い鯉のぼりプロジェクト2015支援活動報告

 2015年5月5日、宮城県東松島市大曲浜は明け方の小雨も止み、前日までに揚げられた鯉のぼり500匹余りが元気よく泳いでいた。
復興事業の地面のかさ上げ工事は昨年よりさらに進み、見上げるような盛土に驚愕を覚えた。今日を待って鯉のぼり掲載地区もかさ上げ工事が進められることとなる。

当NPO法人日韓文化交流会スタッフ及びボランティア参加者たちで今年も震災で亡くなった子どもの追悼、震災を風化させない決意、コミュニティー再生を目指し、予てより手を携える諸芸術団体と共に支援活動に爽やかな汗を流した。

今年“GFSC青い鯉のぼりプロジェクト支援”で寄贈頂いた青い鯉のぼりに札幌•東京の“アンニョン!韓国語学堂の”生徒中心に応援メッセージを書き込んでいただいた。
奇しくも、寄贈いただけた鯉のぼりは東松島同様に震災の津波で大被害を被った岩手県陸前高田からのものだった。
会場で、発起人である伊藤健人くんとの懐かしい再会を交わすと、応援くださる当会の会員•GFSC後援者の皆様を代表してメッセージが書き込まれた鯉のぼりを寄贈した。
伊藤君は"ありがとうございます!皆さんの思いを大切に受け止めさせて頂きます"との言葉と共に受領された。

そして“青い鯉のぼりの下に腰を下ろす会”の開会を迎えた。
会場には前日までに概ね500匹の鯉のぼりが揚げられており、当日200匹余りの鯉のぼりの掲載の手伝いを行った。
晴天の中にも風は強く、今年は700匹を超える鯉のぼりが天高く大空を元気に泳いだ。

当法人は今日ここに集まって来られた、多くは仮設住宅に暮らす皆さんにひと時の楽しみを届け明日への元気に繋がればと炊き出しを行った。
今年のメニューはキムチ鍋(豚汁とキムチのコラボ)とラポッギ(ラーメンとトッポッギのコラボ)だ。
正午の提供開始時には待ち遠しそうに列ができた。
子供たちがお母さんにラポッギをねだる。美味しそうにラポッギを頬張る子供達。
ラポッギ200食は瞬く間に完食となった。
具沢山のキムチ鍋も"美味しい!!"と好評でこちらも間もなく200食完食となった。

地元実行委員会の要望でキムチ鍋・ラポッギの炊き出しを召し上がる皆さんに“青い鯉のぼりチャリティー募金”の声掛けをし、この4年間当法人と手を携え二人三脚で東日本復興支援を支えてきた千葉実行委員長を通し全額寄付した。
この意味ある会の継続のため今後の運営費に活用していただく。

会場では、宮城県内陸、沿岸部の太鼓チーム、歌手が参加し演奏が繰り広げられる。
太鼓の音色はふるさとの大地に轟き、歌声は天に届くかのように弾んでいた。
ふるさとを表す曲目“陸奥(みちのく)”では、チームの枠を超えて心を一つに演奏された。

会場では懐かしい再会もあった。“GFSC希望の和太鼓プロジェクト“で3年間寄り添った石巻市雄勝中学校、”夢・希望韓国の旅“を共にした太鼓部顧問の佐々木先生はじめ、卒業生の清水石君、藤本さんとの再会だ。

“お久しぶりです~!!”互いに歩み寄り交わす笑顔に心が通う。
GFSCを共に4年間、宮城県石巻市・東松島市、岩手県大船渡市を中心に手を携え協力し合ってきた諸芸術団体との数々の再会もあった。
当法人が震災以来継続して東日本大震災復興支援を行ってきた絆をあらためて実感する1日であった。

明日以降、ここ鯉のぼり掲載地区もかさ上げ工事が実行される。
青い鯉のぼりプロジェクト発祥地であるこの場所での鯉のぼり掲載が今回最後であることをまるで天は知っているかのように、今までになく暖かく、みごとな五月晴れだ。
先に天国に逝った子供たちが、鯉と戯れているかのように鯉のぼりも楽しげに泳ぐ。
悲しく辛い思いと喜びの交差点のような今日。
大曲浜での演奏と歌声を通し、すべての人々の思いと絆が天と繋がったように感じられた。
まさに天・地・人の世界があった

楽しかったひと時は瞬く間に過ぎ、閉会の時を迎えた。

また会いましょう!
心を一つに!
絆をもって辛く悲しい震災の記憶も未来の防災の知恵に!
人と人の絆こそ明日への希望の種だから・・!

当法人は文化芸術を通した東日本復興推進活動を今後も継続して行って参ります。

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